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第3回賃金・価格・利潤 の学習

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  第3回賃金・価格・利潤 の学習 11ページ 15行目から  二 (生産物・賃金・利潤)  ウエストン君が我々に聞かせてくれた講演は、ますか数言に似要約することができたので ろう。 彼の推論のすべては、要するに以下のようなことであった。もし労働者階級が資本家階級に 貨幣賃金のかたちで四シリングのかわりに五シリングを払わせようとするなら、資本家は、商品のかたちで五ンリング相当分のかわりに四シリング相当分を返してよこすであろう。労働者階級は、賃上げ以前に四シリングで買ったものに五シリング払わなければならなくなるであろう。だが、なぜそんなことになるのか?なぜ資本家は、五シリングとひきかえに四シリン グ相当分しか返してよこさないのか? 賃金額が不変だからである、というわけだ。だが、なぜ賃金額は四シリング相当分の商品に決まっているのか? なぜ三シリングとか、二シリングとか、その他なんらかの額になっていないのか? もし賃金額の限界が、資本家の意志からも労 働者の意志からも独立した経済法則によって決まるのなら、ウェストン君がまず第一になすべきことは、この法則を述べてそれを証明することであった。つぎに彼は、それぞれ一定の時に実際に支払われる賃金額は、かならずその必然的貨金額と厳密に一致し、それから逸脱することはけっしてないことを、さらに証明すべきであった。一方、もし賃金額の一定の限界が資本家の、んなる意志に、あるいは彼の強欲の限界にもとづいているのなら、それは気まぐれな限界である。それには必然的なものはまったくない。それは資本家の意志によって変えることもできようし、したがって資本家の意志に反して変えることもできよう。 ウェストン君は、諸君に以下のような例を話して自分の説を証明した。一つのどんぶり鉢に 一定量のスープを入れて一定数の人々がすするとき、スプーン の大きさを増しても、スープの量がふえることにはならないであろう、と。彼には失礼だが、この例は私にはいささかスプーニーに〔ばかばかしく】思える。それを聞いて私は、メネニウス・アグリッパが使ったたとえ話というのを思い出した。ローマの平民がローマの貴族に反抗してストライキをしたとき、貴族のアグリッパは平民にむかってこう言った。国家の身体の手足である平民を、その腹である貴族が養っているのだ、と。アグリッパは、ある人の...